生き方に正解はない。

生きること。あなたの誇りです。

静寂教室

こんにちわ、晴美です。

むかしむかし、わたしが小学生の頃。
学校でみんなに嫌われている先生がいた。年配の女性。生徒の贔屓がひどいし、暴言も大概過ぎた。おまけにはやくに旦那に先立たれたことに『アタシ可哀相なのよポーズ』を取り、小学生相手に同情を買わせるイタきもいオバハンである。

授業中に、いつの間にか自分の話をしている。道徳の時間で少しでも生徒たちの身になる話をするならいいが、算数の時間にするものだから全く計算問題が進まない。社会の時間は日本地図を相手に何故か自分の戦争体験になっていたりする。
しかしこの方が生徒たちには幸福で、マトモに授業をしている日の方が教育に悪いどころかトラウマになりかねない事態になる。

あるとき個別に質問を受けた女の子が答えられず、彼女は『わかりません』と返した。

『アンタねぇ、それで私立受けるの?』

授業中である。教室の中である。
当時は生徒が1クラス40人くらいだったと思う。クラス全員にその女の子が私立中を受ける気持ちでいるのをバラしている。進学をどうするかはデリケートな問題。担任が死守すべき家庭の情報が一瞬にして教室内を吐き出され、隣のクラスや学年中を巡るのだから大変な話だった。いまなら訴えられていてもおかしくない。

このオバハンに特別な権力めいたものはない。しかし当時の子どもにとって『年配の先生からの公開処刑』はどういうことか大変な怖ろしさがあった。親も未だ若いので、1年間我慢してれば担任も変わるからと、子どもをなだめていた記憶がある。

作文の授業で家族について書かされ、何人かの生徒が読み上げていた。幸せそうな家族模様が朗読されている。
『みんな、Eくん(仮名)はお母さんがいないんだよ』
静寂と云うのはこういうことなのか、と感じさせた。あの時の静けさはわたしが生きてきた中で、最も哀しい静かさだった。
誰も言葉を発しない。オバハンは続けた…いや、人の形をした他の何か、だったのかもしれない。あのとき笑みをたたえていたんだ。

『お母さんがいないのに、頑張っているんだよ。皆も頑張ろうねぇ』

生徒の大部分は前を向いたままだったと思う。振り返ってEくんを見るような子はいない。わたしは近くに座っていた。横目に彼を見ても、何も出来ない。指さえ動かなかった。

『お母さん、死んじゃったんだ』

小さいけれどハッキリした声でEくんは告白した。強い瞳をしていた。涙はこぼさなかった。
多くの生徒が知らない事実だった。こんな担任に笑われるなら自ら話した方が何千倍も傷は浅い。下を向かず、前を向いたままの姿勢は、せめてもの抵抗だったのだろう。
それから20年以上が過ぎたが、あの日の静寂と、Eくんの眼差しを忘れることは出来ない。
そして老婆妖怪はそろそろに鬼籍になったのだろうか。散り散りになったわたしの同級生たちは皆、10歳にして『特別な教育を受けられた』と感じているに違いない。