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余命2か月の義父の見舞い。入院記録2。

こんにちわ、晴美です。

昨日義父の見舞いに行ったので綴ります。

介護士さんと義母の到着

わたしが病室に着くと義父は目をつぶっていた。
ほどなく男性の介護士さんが来られて「お風呂に入れますね」と言われ、義父を浴室に連れて行った。がたいの良いお兄さんで義父は「お願いします」と頭をさげている。

義母の姿がみえない。まだ病院に着いていなかったようだ。自宅へかけたが出ない。現在義母ひとりきりの住まい。こちらに向かっている。携帯電話は持っていない人だ。

エレベーターで下に降りて玄関へ向かうと、ちょうど義母が歩いてくる。すぐわたしにきづき、声をかけられた。

手違いで入院費の支払いを待たされる

「病院代を払うから病室で待っててね」

窓口に先月分の入院代を支払うため、わたしは先に部屋へむかう。部屋へ戻ると義父はまた眠っている。
暫く椅子に腰かけて待っていたが、いつまでも義母は来ない。売店に寄ってるのかと思ったが、いくら高齢の足でも時間がかかりすぎる。義父は目を開けない。腰をあげたところで、義母が「えらい目に遭っちゃった」と言いながら入ってきた。

「支払いの紙を見せたら『呼びますから待っててください』なんて全然呼んでくれないの。あんまり遅いからもういちど言ったら『それは向こうの支払い所で支払ってください』なんていい加減よねえ。それで向こう側行ったらすぐに支払えた。馬鹿見ちゃったわ」

窓口の職員は義母を外来患者の清算だと思ったらしく、義母が紙を見せても追い返して待たせたらしい。挙句もう一度みせたら「それはここじゃない」と言われたそうだ。
一緒にいれば良かったなあ、とわたしは内心思った。義母も80を過ぎている。

年の差結婚の現実

夫とわたしは14の年齢差がある。お見合いした日からわずか3か月で入籍した。
幸か不幸か、めちゃくちゃに趣味とフィーリングが合った。

それだけ年齢差があると、両親も年齢差がある。夫の親子の年齢差が18や20でもない限り、縮まらない。夫もわたしも、両親とは32~35歳ずつの開きがある。

結婚した途端に即介護。寝たきりの義理の親を10年以上面倒みた。なんて話はよく聞く。わたしは結婚するときに夫にはっきり言った。

「わたしは貴方と結婚する。けれど、貴方の親の面倒をみるために結婚するわけじゃない。出来ることはするけど、出来ないことやイヤなことはしないからそのつもりでいてください」

わたしは薄情な嫁かもしれない。結婚直前にここまで言い切るのは自分でもシビアだと思うが、後ろめたさは全くなかった。「そんな冷たい女性とは結婚したくない」と言われても「じゃあこの結婚話はなかったことにしましょう」と返す心構えだった。

今でも、結婚は嫁ぐ側が少なかれ割りを見る。まして嫁ぎ先の親が50も年上なら、どう考えても介護だなんだになる日は近い。結婚5年を前にして、思惑は現実となった。

義母と女子トーク

寝ている義父を前に、義母とふたりで女子会・・・いや世間話や昔話を聞いていた。
彼女は姉妹がおらず、男の兄弟しかいない。女の子は自分ひとり。父親にはずいぶん可愛がられたが、環境がそうさせたのか豪傑なふるまいをする女性だ。

そしてこどもも夫と兄のみ。わたしがひとりでやってくると、お話をしてくれる。
それは夫や兄弟、息子たちには出来ないような話ばかりだった。普段とは全く違う、ひとりの可愛い女性。当たり前の可愛さやしおらしさを見せず、長年生きてこられたのは頭が下がる。

こういうひとだから、間違っても意地悪や陰湿な姑ではない。わたしはありがたく話を聞き、彼女の好意で作ったものは喜んでいただいた。

縮まる義母との距離

義母と女子会する日にちはどんどん増えていった。
皮肉にも、義母と会うごとに横で寝ている義父が少しずつ弱っている。わたしは義父が倒れる1か月ほど前まで、独りで実家に行ったことがなかった。

義父の余命がわかってから、義母との距離が縮まり、たくさん話をしてくれる。
素直に喜べないが、哀しくない心情。永久に手放しでは喜べない、それでも繋がっていたい縁が続いていく。

お読みいただき、ありがとうございました。
また、書きますのでよろしくおねがいします。

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